研究概要 |
日本語の連体(関係)節の主語名詞は主格の「ガ」に代えて属格の「ノ」でもマークされ,この格助詞交替は意味的対立を伴わない。意味的側面とは対照的に統語的には連体節内にヲ格名詞(目的語)が現れる構造においては属格主語が一般に生じないと指摘され,「他動性制約」と呼ばれている。しかし,ヲ格名詞の出現にもかかわらず容認される「泥棒の戸をこじ開ける音」のような他動性制約の反例も報告されている。このような反例はいくつかのタイプに下位分類できそうであり,全く問題なく容認される事例から,母語話者によって判断が揺れる事例まである。 韓国語は一般に連体節内の属格主語に生産性が認められない(ないしは失われた)とする指摘があるが,南部方言では標準的韓国語よりも属格主語に関して寛容である傾向が認められ,さらには他動性制約の反例となる韓国語事例の容認度と日本語の対応例文の容認度との間に相関関係が認められた。 語用論的関係節と呼ばれる被修飾名詞と連体節内述語が統語的関係にない連体修飾節表現の存在が,日本語の関係節化を認知モード転換として分析することの理論的妥当性を示していると考えられる。類型論的に似ていると考えられる韓国語も同様の関係節化を反映するならば,韓国語の語用論的関係節の主語もまた属格でマークできることを予測する。この点を確認するため,予備的聴き取り調査を韓国人研究協力者および複数の母語話者に実施した。しかし,予測に反して語用論的関係節での属格主語は基本的に容認されないことが判明した。韓国語の語用論的関係節は,主語名詞が主格マークされる場合と,形態論的にはゼロマークとなる場合があるが,属格主語は容認されない。 日本語の「NP1-ノ NP2」に対応する韓国語表現が「NP1-ZERO NP2」となるものが存在することを踏まえて今後の調査研究を進める必要が明らかになった。
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