本研究の全体構想は、正倉院文書を国語資料として位置づけることである。そのために8世紀の実用世界における言語生活を解明することをその目的とした。具体的な研究は以下3点に纏めることができる。 (1) 既に刊行した「正倉院文書の訓読と注釈-請暇不参解編」(執筆桑原祐子)を基礎資料として、正倉院文書の病気回復表現について、他の古代文献では得られない表現を抽出し、国語史の上での位置づけを試みた。古代の官人等が文字言語生活の場面でどのような表現を志向していたのかということも、具体的に明らかにした。(2) 19年度から作成の準備を進めていた「正倉院文書の訓読と注釈-啓・書状編(1)」(執筆黒田洋子)を刊行した。古代の啓・書状の研究は様式論が中心であったが、本研究は書状の中身に踏み込み、そこから書状の機能と古代言語生活の実態を解明するという新しい視点での試みである。(3) 中川ゆかり(連携研究者)によって纏められる予定の「正倉院文書からたどる言葉の世界」のための研究が進められ、その成果が「『セ(女偏に夫)』字考(萬葉203 2009年1月)「古事記と正倉院文書-「乞徴」「随〜在」「上件・右件」を手がかりに-」(記紀・風土記論究2009年3月)として発表された。ともに編纂された古代文献では解明できない古代の言語の実態を、正倉院文書を資料とすることで解明し得た研究として位置づけられるものである。 さらに、韓国釜山大学主催の日本学講演会の招聘を受け、正倉院文書から明らかにされる古代官人の言語生活の実態について研究報告を行った。
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