本研究の全体構想は、正倉院文書を国語資料として位置づけることである。そのために8世紀の実用世界における言語生活を解明することをその目的とした。従来の国語研究の資料である編纂された文献の基底には、日常の言葉の世界が存在している。役所で役人たちが日々書き記し、読み慣わしている言葉の世界である。これを知る手掛かりは、生資料である正倉院文書にある。1つまり、正倉院文書から抽出される言語の諸相を明らかにすることは、古代日本語の言語生活を具体的に解明することになるのである。 本年度は、本研究の最終年度であるので、以下の報告書3冊を刊行した。 『正倉院文書の訓読と注釈-造石山寺所解移牒符案(一)-』(研究代表者 桑原祐子執筆) 『正倉院文書の訓読と注釈-啓・書状-』(研究分担者 黒田洋子執筆) 『正倉院文書からたどる言葉の世界(一)』(連携研究者中川ゆかり執筆) 正倉院文書の一次資料としての特色を生かし、原本の写真を観察することを中心におき、文字の形と語の関係・重層的な文書の成立過程を確認することに重きを置きながら、訓読と注釈を行った。個々の文書を、表現目的別・表現内容別・事業内容別にグルーピングし、関連資料を検討することで、各グループ内での語彙・語法・表現の特色を明らかにし、事柄と言葉との関連性を具体的に明らかにし、当時の役人たちがどのような言葉や表現を生み出していったのかという言語生活を明らかにできた。また、正倉院文書の言葉や語法が、他の上代文献とどのような点で共通し、どのような点で異なるのかという観点からの考察も加えることができた。
|