これまでの遠藤熊吉・西成瀬のことばの教育の位置づけは、「標準語の村」を作ったという、国語教育における標準語教育の成功例の象徴としての西成瀬というものであった。本研究は、そういった象徴としての遠藤熊吉・西成瀬ではなく、当時の国語教育的テキストの上に、遠藤熊吉の教育理念や実践を位置づける取り組みである。2008(平成20)年度は、次の三つの研究を行った。 (1)昨年度までの研究成果をもとに、戦後の検定教科書における「方言と標準語および共通語」がどのように位置づけられ、どのような役割があるものとして教育されてきたのかについて実証的な検証をし、日本方言研究会において学会発表をおこなった。それは、遠藤の理論がもととなった「標準語教育論争」の背景について、国語教育の歴史の中で位置づけ、その流れがどのような変遷を経て、現代へと続くものかについて明らかにした。(2)ふたつめに、秋田県立図書館及び、秋田県立公文書館や秋田市立図書館、秋田大学図書館において、文献収集を行った。明治期からの秋田や日本の国語教育界における「方言と標準語および共通語」は、どのように理解され、どのような扱われ方をしてきたのかを明らかにするために、秋田県教育史や国語教育雑誌などの文献を探索した。データベース化されていない古い資料なので、検索ツールそのものがあまりなく、現物にあたる以外は方法が見いだせないため、これまで研究が進んでいない分野である。(3)三つ目に、広島大学図書館において国語教科書の文献複写をして、資料を増やし、前年度分に加えて、これまでの検定教科書における方言と共通語教材の教材名および本文のデータベース化を継続した。この実証的研究もこれまで開かれていない研究分野である。(4)この他に西成瀬の関係者へのインタビューもおこなった。
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