本研究の平成19年度における具体的内容は以下の通りである。(1)英語と日本語の文献、新聞雑誌などから複合名詞と複合形容詞の例を集め、その中で通常の例とは異なるものを抽出した。通常の例というのは、複合語を構成する2つ(以上)の要素のうちで、右側に来る要素が複合語全体の上位概念になるものであり、言い換えると複合語全体が右側の要素の下位語(hyponym)になるものである。たとえばsunflower(ヒマワリ)はflowerの下位語となり、「柴犬」は「犬」の下位語になる。一方、通常の例とは異なるものとは、厳密な意味では複合語全体が右側の要素の下位語にならないものである。たとえば「方向音痴」や「運動音痴」は、厳密には「音痴」の下位語である、つまり「音痴」の一種である、とは言えないし、「路上歌声喫茶」は「歌声喫茶」の一種であるとも言えない。(2)次に、複合語同士の意味の合成だけでなく、単純語に他の語が複合して複合語を作る場合でも、上記と類似の現象が見られることを示した。たとえば「ソムリエ」に対する「野菜ソムリエ」、「タオルソムリエ」など、また「難民」と「介護難民」、「ネットカフェ難民」など、「コンシェルジュ」に対する「エアポートコンシェルジュ」、「リフォームコンシェルジュ」などがそのような現象の例で、「意味要素の稀薄化」が見られる。(3)これらの1次複合語の意味解釈のメカニズムを考えた。Pustejovsky(1995)の「生成レキシコン」における「特質構造」の考えに基づいてJohnston and Busa (1999)が提案した「語彙意味論的表示のモデル」を応用して、上記の(1)であげた例についてはどのように意味解釈をおこなうべきか提案した。さらに「音痴」のような「具体名詞」ではなく「形容動詞」という形容詞的な性格の強い語における意味解釈の仕方に関する定式化の方向性に触れた。これらの成果は、従来ほぼ等閑視されていた種類の「意味の稀薄化」が広い範囲で起こることを明らかにするとともに、それらの意味解釈のメカニズムを定式化することにより、より一般的な意味解釈の理論を構築する手がかりを与えるという意味で、重要なものである。1編の論文と1編の総説が印刷中である。
|