Lakoff and Johnson(1980)によってメタファーがことばの綾(修辞)ではなく認識の綾であること、言い換えると、メタファーがことばの飾りではなく我々の認識の基礎になる現象であることが指摘されて以来四半世紀にわたって、認知科学、認知心理学、認知言語学及び認知語用論の領域でメタファー研究は大きく発展してきた。しかしコミュニケーションに見られるメタファー発話を人がどのように解釈して話者の意図した意味にたどり着くのかという発話解釈過程という視点からメタファーを扱った研究は極めて少なく、Carston(2002)によるアドホック概念による表意レベルの分析も、ストーリーベレルの類似性に基づくメタファーヘストレートには適用できない。発話解釈理論としての関連性理論の枠組みにおいて、これまで推意には前提推意と帰結推意の2種類があり、全ての推意はそのどちらかであるとみなされてきた。平成19年度に行った、命題レベル以上のメタファー発話解釈過程の詳細な分析から、もう一つ別のタイプの推意の可能性を示した。アドホック概念に代表されるような語彙概念の抽象化ではなく、具体的ストーリーの抽象化によって得られる推意である。これは、関連性理論が仮定している発話のオンライン処理には演繹規則の削除規則のみがかかわるという考え方の修正の必要性を意味することを示した。
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