本研究の1目的は大学院レベルの理系留学生を対象とした論文作成支援リソースの開発である。そのための基礎調査として、本年度には、大学院レベルの留学生が作成した日本語の文章について、特に構成や論理展開の観点からの調査・分析を継続した。同時に、当該留学生に対する日本語ライティングの授業において「日本語テキスト分析タスク」を実施し、その効果を検証した。同タスクは、上記リソースの重要な一部を成すすものである。具体的には、文法や語彙表現等の局所的な観点ではなく、文章の全体構成や論理展開に注目して、受講者自身が作成した日本語の文章を、受講者が相互に分析し合うものである。これにより、彼らは批判的に文章を読む視点、及び他者の文章から学ぶストラテジーを獲得し、その上で、自身が作成した文章の再点検を行った。この手順は受講者にも高い評価が得られた。受講者への種々の調査の結果から、上記タスクの使用は、論文構造スキーマ(論文とは何かの概念に関する全体的知識)の形成の促進に役立ったことが示唆され、また、既に母語で同スキーマが形成されている受講者にとっても有用であることが明らかとなった。なお、受講者の母語背景は、漢字系・非漢字系を問わない。このタスクによる検証は、受講者が実際に作成した文章に現れる前の進歩を観察する試みであり、論文作成支援の観点からは、今後さらにその方法論を精緻化していく価値のあるものと認められた。ただし、一部の受講者は、文法や漢字の部分的に不明な点に捉われて文章全体の評価が正確に行えない困難点が見られた。この背景には、彼らへのインタビュー調査等の結果から、母語での教育文化、あるいは授業文化の影響の存在も考えられた。以上の調査研究を行いつつ、受講者の許可を得て彼らが作成した文章をコーパス化している。同コーパスは、得られた知見とともに、今後開発予定のリソースのデザインに役立てる予定である。
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