本年度は、出土文字資料各々の特性について考察するとともに、いくつかの地域における出土文字資料や古代の遺跡を調査し、地域性の要因について検討する準備を行った。 出土文字資料は、漆紙文書・木簡など書くために用意した素材に書かれた資料と、墨書土器や文字瓦など本来筆記を目的としない素材に書かれた資料に分けることができる。前者は文書行政の一端を示すもので、達筆なものから癖の強い文字まで幅はあるが、広義の行政文書の作成能力を窺える。ただ、木簡は特定の条件下でなければ遺存せず、漆紙文書には工房が必要である。よって出土の様相は当時の使用の様相と必ずしも一致しない。一方、後者の資料は遣存性が高く、出土は発掘調査の有無等に左右されるのみである。ただ、瓦は窯、官衙・寺院跡等に限られること、筆記者は工人であろうから地元ではなく地域外から来た技術者の可能性を考慮しなければならず、必ずしも出土地における識字や文字文化の広がりを示すとは言えない。また土器は宮都から集落まで広く使用されたが、集落出土の墨書土器のなかには識字能力を疑わざるを得ないものが少なくない。出土文字資料の研究にはこのような資料の特性をふまえることが必須である。 各地域の様相について、半島に近い九州北部では7世紀代から古代の出土文字資料が確認され、鴻臚館では対外交流の様相も窺える。しかし壱岐での出土数は僅かで、しかも墨書土器は九州本土からの搬入品と考えられている。九州南部も多くの墨書土器が出土しているが、南島にいたると、大宰府の出先機関が設置されていたとも考えられている城久遺跡群においても文字資料や硯は未発見であり、興味深い様相がみられる。今後も古代遺跡と出土資料を調査し、西海道の地域性を検討することが課題である。
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