当該研究の最終年度に当たる本年度は、今までに収集した史料と現地調査による成果を集成して、本格的なハディース集及び法学書と歴史関連文献と比較検討を行うことに重心を置いた。異教徒統治理論や制度の発展過程を跡付け、理論と実態との差異や関連性、またそれを生みだした社会的背景について考察するためには、法学関連史料において例外事例とされている部分に注目することが必要と判明したため、それを中心に分析を行った。 (1)情報収集と情報のデータベース化の成果 昨年度までに、既に必要とされる法学文献やハディース集等の資料の収集は完了していたので、本年度はデータベースをより完成度の高いものとするために改良を続けた。その結果、イスラーム法上の例外事例の重要な部分を占めるナジュラーンのキリスト教徒とタグリブ族に開する膨大なハディースをも含めたデータベースを構築することができた。 (2)情報の整理と分析の成果 前年度までの検討で、異教徒統治制度の整備・発展には、異教徒統治理論の確立が不可欠であったこと、その理論は9~10世紀に輩出した法学書・歴史書・ハディース集を基礎として発展したことが明らかになった。そして、これらの著作は異教徒統治法の幅を持たせるため、「真正なムハンマドの先例」を検証するだけでなく「先例の変更の正当化」をも意図して書かれたことが分かった。そこで、本年度は今までに蓄積したデータを下に、上記の文献に収録されているムハンマド及び初期カリフの異教徒統治に見られる例外事例・変更事例がどのように正当化され、後代の異教徒統治法や制度に反映・利用されていったかについての考察を行い、一定の成果を得ることができた。さらに、被統治者であるキリスト教徒と教会が、ムハンマドの先例をイスラーム社会における自分たちの地位と安全の確保のために利用しようとしていたことを検証し、今この研究の方向性を確立することができた。
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