本研究は、19世紀アメリカ合衆国の選挙権における人種差別問題を白人性研究の分析視角から考察することによって、アメリカ民主主義の展開を「人種」の観点から再構成しようとするものである。このような課題のもとに、研究の初年度にあたる平成19年度は南北戦争以前期の選挙権問題の展開に焦点を当てた。具体的には、まず国内外の白人性研究の成果を収集・再検討し、本研究の分析概念である白人性概念を理論的に精緻化したうえで、白人性研究と選挙権研究の接合方法を構築した。次いで白人性研究の嚆矢ともいえるD.R.ローディガーの研究によりながら19世紀前半期における民衆内部での白人性の構築過程を歴史具体的に把握した。これと並行して、当該期の選挙権問題に関連する基礎文献を収集・再検討することにより、白人選挙権は白人性の構築と同時に拡大したことを明らかにした。とくに白入選挙権の拡大と黒人選挙権の縮小の同時的実現という一見矛盾した現象が見られたニューヨーク州については、その要因を解明するために州憲法会議議事録等の第一次資料を入手し、人種と選挙権に関する言説の分析をおこなった。これらの作業により明らかになったのは、白人民衆は、隷属的存在である奴隷=「黒人」という図式を構築することによって、非奴隷身分である自らを自立的存在=「白人」と位置付け、その自立性を根拠に自らへの選挙権付与を主張したということである。すなわち、彼らの選挙権拡大論理によれば、隷属的な黒人を選挙権から排除することによって初めて自らの選挙権獲得が可能になったのであった。したがって、19世紀前半期における選挙権の拡大は選挙権の「白人化」が進行する過程でもあったといえ、当該期のアメリカ民主主義の特質を「支配民族民主主義」と把握することができた。
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