本研究は、ソヴィエト知識人が残した日記や回想録といった自伝的記録、及び、家族や友人間で交わされた手紙を資料に用いて、そこに描写された彼らのライフストーリーの中に見出せる親密圏、及び親密圏に支えられた知的世界の諸相を明らかにすることを目的としている。平成19年度は、9月に「モスクワ個人コレクション中央文書・博物館(TsMAMLS)」で資料調査を行った。まず、そこに所蔵されている作家、研究者、政治活動家などの200を超える個人文書のうち、本研究目的に照らして関係の深いと考えられるコレクションをピックアップし、それぞれの概要を把握した。特に、1960年代〜70年代初頭の異論派知識人の一人として著名なイリヤ・ガヴァイ(1935-rs7s)が友人と交わした書簡、後に歴史家となるE・S・ヴィレンスカヤ(1909-1988)の日記及び家族との往復書簡、さらに人文学の大家V・P・アドリアノヴァーペレッツ(1888-1972)とその姪で化学者のO・N・アドリアノヴァ(1919年-2002年)が20年以上にわたって交わした書簡の資料的意義を確認した。 今回の調査で最も時間を割いたのは、以前から注目してきた歴史家E・N・オシャーニナ(1911-1982)の日記及び家族との往復書簡である。彼女は、1933-35年に中国専門家の夫とともに中国に滞在した経歴をもつが、その期間に日本も訪れていたことが姉宛ての手紙により今回新たに判明した。また、30年代の日記に見られる彼女のライフストーリーからは、夫から自立して自らの人生を歩みなおすプロセスがうかがえ、スターリン体制下を生きた女性のキャリア形成として興味深い知見がえられた。なお、オシャーニナのライフストーリーの一部については、2008年5月11日に開催される西洋史学会の現代史小シンポジウムにおいて報告を行う予定である。
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