本研究は、1930年代〜80年代の時期の記述を含むロシア知識人の回想録、日記、手紙などのライフストーリー文書を収集検討することで、彼らの親密圏や知的世界を解明することを目指すものであり、平成20年度も昨年度に引き続き資料収集とその検討に力を傾注した。特に、モスクワにあるナロードヌィ・アルヒーブ(民衆アーカイヴ)が所蔵する一般市民や知識人によるライフストーリー文書の一部がマイクロフィルム化され、専門業者を通じて販売され始めたため、今年度は、補助金のすべてをその関係部分の購入に充て、検討する作業を行った。その結果、当初予定していたモスクワ個人コレクション中央文書館博物館(TsMAMLS)での資料調査を今年度は見送ることとなったものの、代りに幾つかの重要な成果を得ることができた。 まず、ナロードヌィ・アルヒーブには、本研究課題に密接にかかわるライフストーリー文書が大量に存在することが判明した。特に、様々な背景をもつ家族の構成員間(夫婦、母と息子、父親と娘等)での往復書簡の数が相当規模に及び、また、革命、工業化・農業集団化、第二次世界大戦を経験した人々が、その時代の流れの中に自らのライフストーリーを重ね合わせて執筆した未公刊の自伝的回想録も複数含まれていた。後者は、ソヴィエト版の「自分史」の試みとでもいえ、この「自分史」現象が1970年代以降のソヴィエト社会で一定の広がりを見せたことは、新たな研究テーマの開拓にもつながる興味深い事柄に思われる。平成21年度にも引き続き本作業を継続したい。 その他、本年度は、日本西洋史学会第58回大会において共通論題の報告者を務め、研究課題にかかわる成果の一部を披露した。
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