本研究は、大都市圏以外の地方に立地する地場産業企業群の生存戦略とその海外展開の特微を地理学的な観点から解明することを目的とする。具体的には、香川県東部に位置する東かがわ市を中心に展開する手袋製造業を事例として取り上げる。1980年代以降、企業の国際展開が活発化する中で、多国籍企業に関する研究も蓄積されつつある。一方で、産業集積に関する議論も活発に行われてきた。しかし、両者はこれまで別個に論じられることが多く、企業活動の多国籍化と産業集積の関係を地理学的な視点から考察した研究は少ない。本研究がこの点に注目する理由はここにある。研究の手順として、まず事例手袋製造業の国内における位置づけを行った上で、当該地場産業の生産量と生産内容の変容の特微を説明する。次いで、地場における企業集積の空間パターン、企業間連関、そして専門的技術と知識の保持・継承のメカニズムを明らかにしようとした。 香川県東部に集積する手袋製造業は、1世紀を越える歴史と伝統を持ち、今日なお国内シェア90%を占める県の代表的な地場産業である。関連企業の多くは東かがわ市に立地する。当地場産業の成立要因は、地域に根ざした専門・熟練労働者集団と彼らの持つ創造的環境の存在およびその継承メカニズムにある。当初は、国外への輸出が主体であったが、海外メーカーとの競争により内需へ重心を置く戦略転換が行われるとともに、手袋分野の新規開拓(冬季防寒用の他、ゴルフ等のスポーツ用、バイク用、UV対策用など)と製品の多様化(特殊生産技術を生かした各種革製小物の生産)に努めてきた。現在は、身の回り製品全般を扱う「総合産地化」を目指している。一方で、円高以前から海外進出にも力を入れており、東・東南アジアに生産基地を構築してきた他、イタリアに事務所を設置して先進地域からの情報収集に努めるなど、域外と域内の事業所を有機的にリンクさせようとしている。
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