この1年の研究によって、モンゴル国における牧畜の現状と牧畜民の意識、国際援助プログラムのよってたつ"community"イメージ、それらの相互作用とそれが起こりそれに作用する政治社会的な構造が、かなり明らかになった。 本年度は、開発援助プログラムが実施されている2つのサイトで調査を実施した。 ひとつは、西部地方のサイトである。ここでは、数年降水量のすくない年がつづき牧地の悪化が起こっている。それに対する牧畜民の対応は、降水量がおおく市場にちかい中部地方への移住と、すこしでも草の生え具合のよい場所の囲い込みであった。これには、2002年土地法と白然環境保護法を根拠とする国際援助プログラムの後押しが見られる。 二つ目は、中央地方に位置するサイトである。ここには、乾燥状態のつづく南隣りの県の牧畜民が多数流入し、牧地をめぐって地元の牧畜民と衝突が起こっている。これに対して、地元の牧畜民には、行政が動かないため、やはり国際開発プロジェクトを利用し、牧地の囲い込みをおこなおうとする動きが見られる。 どちらも、気候変化が社会状況の変化をもたらし、それに行政など現在のしくみでは対処できないことから、国際開発援助に期待するのである。 一方、国際開発プロジェクトが想定し、牧地法で規定しようとしている、牧地管理の主体の"community"である「牧民グループ」には、つぎのような問題点がある。ひとつは、法律で一律に小規模なグループを組織しようとしている点である。これは、Ostrom (1990)によるコモンズ持続的存立のための条件を根拠としているが、牧地という自然資源の性質や地域的な差異を無視している。二つ目が、「牧民グループ」を"firm"に見立てている点である。 これらは、市場経済化の一環をなす、経済活動への政治関与の排除、経済活動の自立というグローバルスタンダードのあらわれといえる。
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