本研究の目的は、ムスリム・コミュニティにおける「改宗」に焦点をあてることによって、タイ国内のそれぞれ歴史・社会的状況の異なるタイ国内各地のムスリムの居住するコミュニティの比較を通して、イスラームの教義から本質的に捉えられがちなムスリム・コミュニティの実態を明らかにすることである。仏教徒が95%と大多数であるタイにおいて、ムスリムは人口の約4%280万人を占めるとされているが、改宗の実態についても、それぞれの地域のムスリムと仏教の関係が大きく影響する。 本研究は、調査をすすめる中で進行した、南タイでおこっている暴力事件によるムスリムと仏教徒関係の変化、なかでも南タイの東海岸と西海岸の顔の見える村落レベルのムスリムと仏教徒の関係の変化について焦点をあてて研究をすすめることとなった。南タイのマレーシアとの国境地域は、仏教徒が大半を占めるタイにおいてムスリムがマジョリティであるという特徴があるが、その中でも東海岸と西海岸ではムスリムをめぐる政治的状况が歴史的に異なっている。東海岸は、マレー語を母語するするムスリムであるのに対し、西海岸では仏教徒と同じ南タイ方言のタイ語を話すムスリムが大半を占める。東海岸と西海岸では、タイ政府に対する政治的態度も異なっている。東海岸がムスリムの分離独立運動の中心であったのに対し、西海岸のムスリムは政治的に大きな問題になったことがなく、タイ政府によってもムスリムである模範的なタイ国民であるとみなされてきた。そうした中で、2004年以来の今回の「南タイ騒乱」も東海岸でのみ起こっている。東海岸と西海岸では何が異なっているのであろうか。ムスリムと仏教徒関係における最もラディカルな局面は、自己と他者の関係が入れ替わる「改宗」にみることができよう。改宗の実態を通してみえてくる、ミクロのムスリム-仏教徒関係をマクロの政治状況を考慮にいれつつ明らかにする。
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