科研費による調査開始2年目になる平成20年度は9月3日〜27日に海外出張した。主な渡航先はレバノンで活動の拠点を首都ベイルートにおき現地でフィールド・ワークを行った。レバノン国立音楽院、カスリーク大学、ヘインリッヒ・ボール財団、東京外国語大学中東研究日本センター、ベイルート・アメリカン大学、などの研究・教育機関を訪問し情報収集をした。参与観察や聞き取り調査、そして関連文献と音楽映像資料の収集がフィールド・ワーク活動の中心で、前記の場所では音楽学者、演奏家・作曲家へのインタヴュー、音楽楽団の練習の見学などもおこなった。また公的機関に属さないイスラーム宗教者へのインタヴューも行った。 レバノンではラフィーク・ハリーリ前首相暗殺以来、政治的な混乱が続いており、平成20年5月にもベイルート市街などで市街戦があったばかりである。近年の抗争も、1975年に始まったレバノン内戦の際と同様の構図を示している。つまり、国際政治の影響を受けながら、宗教的派閥が政治的勢力として互いに権力闘争を繰り広げるという。 レバノンにおける上記のような政治環境は歌手マルセル・ハリーフ訴訟事件について今回の調査で得たある情報に対して説得力を与えるものである。その情報とは歌手マルセル・ハリーフに対するイスラームに対する冒涜の疑いでの訴訟事件の背後には外部政治勢力の関与があったというものである。宗教原理主義的勢力の音楽に対する攻撃の背後には純粋な宗教学的な可否を別にした政治的な思惑があるということだ。ここでは現実社会の政治力学の取引道具としての音楽・芸能の存在がはっきりと浮かび上がってくる。
|