本研究は、世界遺産に登録されているサンティアゴ巡礼路沿いの地域を対象として、文化遺産の担い手の視点から、当該社会における文化遺産の社会的位置づけ、および、遺産を通して表象される地域性に依拠した文化的アイデンティティのメカニズムの解明を目的としている。そこでは、文化遺産の担い手であるアソシエーション会員個々人の経験や彼らの置かれた状況の把握を行い、人類学的に研究するものである。 前年度に行った調査の整理・分析から、アソシエーションよりも更にミクロな個人のレベルで考察する必要性と可能性を確信したので、平成21年度は、「地域文化コーディネーター」という分析概念を提示し、アソシエーションとも関係しながら文化活動を展開する個人に焦点を据え、特に、「公と私」の理論的枠組を用いて整理・分析を行った。ここから、集団の視点からではなく、「地域文化コーディネーター」のような個人の動きに着目することにより、集団的記憶としてだけではとらえきれない、個人的あるいは私的な文化遺産の意味を考察でき、公的な組織と個人が絡み合いながらつくられる文化遺産の様態を明らかにした。また、地域文化コーディネーターの特徴を捉え、地域に潜在する文化的要素が、彼らの働きにより文化遺産となるメカニズムを把握することができた。これは文化遺産が表象する地域性およびそれに依拠したアイデンティティ形成のメカニズムとも重なる。 また平成21年度には更なるフィールドワークを重ね、文化遺産化の過程において、個人から始まる活動が社会性を帯びるプロセスを捉えるができた。この点に関しては、現在、論文発表に向けてフィールドからのデータの整理と分析を行っているところである。この考察は、社会運動とは異なるアプローチによる社会を動かす力の解明という点で、人のつながり方やその社会性および公共性を扱う分野において意義ある研究と考えられる。
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