本研究はモンゴル国をはじめとする移行期ユーラシア地域における社会主義/ポスト社会主義の時代を捉え直すことをとおして、ポスト社会主義諸地域の地域的・文化的な多様性と普遍性を解明することを目指した。方法としてモノの利用と継承のあり方、具体的には東アジア・中央アジアでお金に代わる機能を果たしてきた銀製品と、モンゴルの移動式住居「ゲル」の壁という生活に密着した必要不可欠な道具である巨大フェルトに焦点を当てた。▼銀製品については、メキシコ銀山の調査を通して、モンゴルでは既製品や新品よりもすでにもっている銀製品を再加工して利用し続けることが選好されている点が際立った。世界でもっとも産出量の多い南米銀山のひとつであるメキシコ銀山周辺では、欧米日本向け意匠の新しい銀製品が今日も生産され続けていた。一方モンゴルでは、牧民は自分が所有している銀製品が摩耗すると、鍛冶師を頼んで加工させることで別の物に変えて引き続き身につけている。この理由として第一に、牧民の中には先祖代々伝わる銀製品の純度の高さに対する信念がある。第二に、銀製品が過去の人やできごとの記憶のよりどころとなっている。▼フェルトについては、社会主義期モンゴルではフェルトをはじめとする手工芸品の自作が家内制手工業とされ、国内の工業発展を妨げるものとして禁止されて国家の統制下にある職人集団や工場の生産物の購入が奨励された。国家の体制変化に伴いフォーマルな手工芸セクターが機能しなくなり、人びとは再びフェルト等を作るようになった。壁フェルトは畳三畳分と巨大で厚さも4cmほどあり、その製作には西洋的工芸技術の観点から高い技術が必要である。モンゴル人は「母フェルト」という未完成フェルトを台にし、その上に羊毛を置いて新しいフェルトを作る。私はモンゴルの方法を実際に試し、その技術的な合理性と労働力の組織や母フェルトの調達に関するモンゴル社会の特徴について検討した。▼以上、銀製品の利用と継承とフェルト製作について考察した結果、モノには記憶という付加価値がつくこと、技術は道具でなく身体技法として伝わる部分が多大であり、社会主義期にも身体技法が伝わる余地があったことがわかった。
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