研究概要 |
本年度は、前年度に引き続き、国王裁判所の訴訟手続と教会裁判所のそれとの比較検討を裁判実務書の分析を通しておこなった。具体的には、主として『訴訟および法廷の書』(De placitis et curiis tenendis)と『聖俗の法廷における訴訟手続』(Forma placitandi in curiis tam ecclesiasticis quam laicis)の2史料を対象として、残存写本(前者についてはCambridge University Library, Ee I, 1, ff. 233r-235rの1写本、また後者については(1)Gonvill&Caius College, Cambridge, 205/111, PP.409-429 ; (2)Cambridge University Library, Mm I, 27, ff. 76v-77v ; (3)Oxford Bodleian Library, Rawlinson C.775, pp.127-150の3写本)も詳細に検討しながら、地方レベルにおける聖俗訴訟手続の関連を調べた。その結果判明したのは次の点である。第一に、教会訴訟手続については『訴訟および法廷の書』にはほとんど言及がなく、他方『聖俗の法廷における訴訟手続』では写本(1)の記述が写本(2)では欠落しており、写本(3)も簡略化している。このような違いは、写本(1)の場合、その作成者Robert Carpenter IIの主君William de Insulaが1258年に空位になったウィンチェスター司教区の後見権に関与していたために、同管区における教会法の運用に関心を有していたことから説明されると考えられる。第二に、世俗訴訟手続については、『訴訟および法廷の書』は主として領主裁判所(court leet)における裁判実務を描写しているのに対して、『聖俗の法廷における訴訟手続』は主として国王巡回裁判手続を描写している。但し、写本(3)は両者に言及している。第三に、『聖俗の法廷における訴訟手続』からは、聖俗訴訟手続の関連について、次の二点が明らかになった。(a)教会裁判所における証人手続と国王裁判所における陪審(アサイズ)による証明手続の間にはパラレルな展開が見られること、(b)教会裁判所のみならず世俗裁判所においても、伝統的な口頭手続の重視に加えて書面の利用が進行していること(陪審員名の令状への書き込み、刑事事件における評決の記載など)。
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