研究概要 |
この研究は、裁判官が先例を変更することの可否、制約条件、許容範囲や限界、といった判例変更(overruling)の問題の根本的解明を目指している。しかも比較法を無視することなく、各法秩序の基本的な構造差を正確に捉えた上で、日独英米における判例変更の理論と実際を方法論的に位置づけることを志向している。 平成19年度は、大陸法という視座の限定のもとに、制定法拘束性の例外である裁判官の制定法訂正の方法論的探究を手がかりとして、先例拘束性の例外である判例変更問題への解決策を探る、というアプローチを採用した。裁判官による制定法訂正に関するエンギッシュ、リュタースたちの理論にヒントを得て、次のように判例変更の理論的解明を行った。裁判官による制定法訂正作業に関しては、矛盾(法秩序統一性の阻害)の訂正と矛盾以外の誤謬の訂正とが区別されている。それとの類比では、先例変更の作業のなかで、先例同士の矛盾の除去という作業と単一の先例の誤謬の訂正とを区別すべきである。先例同士の矛盾とはいかなる種類・性質のものであり、その夫々についてどこまで除去の必然性と可能性があるか。単一の先例の誤謬について、解釈の誤謬と発展的法形成の誤謬に分けると、それらの誤謬はより詳しくはいかなるものであるか、またそれらの訂正はどこまでが後の裁判官にとって正統な訂正作業であるか。これらの問題を、実例に照らしつつ詳細に解明した。その過程で、裁判官には法的安定性と実質的正義の間の独特の緊張関係のなかで、困難な矛盾の訂正や誤謬の訂正といった作業を回避する傾向があり、しかもこうした先例変更の回避には様々な技術があること、をつきとめることができた。 こうした考察を、2007年8月のクラカウにおける法哲学・社会哲学国際連合主催第23回世界会議の席上、英文で成果発表を行った。この発表の際には、申請時に言及したフランクフルト大学のU,ノイマン教授も参加し、かれとの間で刺激的な討論を行うことができた。かれの意見でもまた他の米英の学者の意見でも、独創的なアイデアであると評価された。帰途、フランクフルト大学にノイマン教授を訪ね、議論を続行した。
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