この研究は、裁判官が先例を変更することの可否、制約条件、許容範囲や限界、といった判例変更(overruling)の問題の根本的解明を目指している。しかも比較法を無視することなく、各法秩序の基本的な構造差を正確に捉えた上で、日独英米における判例変更の理論と実際を方法論的に位置づけることを志向している。 平成20年度は、当初の予定通り英米のケースローの法秩序に目を向け、これまで遂行した判例変更と制定法訂正の理論的解明はどの程度そこでも妥当するのか、英法や米法での方法論と実態のずれはどのような仕方で現象しているか、を検討しようと努力した。 しかしこの仕事に着手すると困難な壁にぶつかり、作業はスムースに捗っていかなかった。理由は、英米の方法論議が未成熟状態であり、本研究にとって刺激になるような英米法での先例変更や制定法訂正に関する理論も驚くほど少ないという点にある。そこで、緻密な議論が蓄積されている大陸法での制定法訂正の理論成果に立ち戻り、これを媒介項として用いるという便法を採用することにした。つまり、制定法拘束性の例外である裁判官の制定法訂正に関する考察を下敷きとした上で、先例拘束性の例外である判例変更問題への解決策を探ろうとした。こうした努力の成果は、拙稿「判例変更と制定法の訂正への一試論」に現れている。 この年にやっと刊行できた私の共編著『ドイツ法理論との対話』のなかにも、こうした科研費研究にもとづく考察が息づいている。
|