本研究においては、国際法における「個人責任の原則」について、法実現プロセスの多元化の一側面として、その機能に照らして包括的な検討を行った。とりわけ本研究では、個人責任原則の実際的な機能の二つの側面に着目した。 第一は、国際法規範が個人に対し直接に適用され、これに義務を課すという国際法規範の適用過程における特殊性である。ここでは、これまで国家責任論において議論されてきた責任発生の要件、違法性阻却、責任の効果などの問題を、個人責任に特有の要素を考慮して再構成することを試みた(法適用過程論)。具体的には、(1)個人責任の発生要件(個人に義務を課す国際法規範の性格、実行責任と監督責任の関係)、(2)責任免除の可能性(公的資格と責任との関係、国内法上の合法措置・上官命令の抗弁)、(3)責任の法的効果(国家責任との関係、刑事責任と民事賠償責任の関係)について、国内判例や国際刑事裁判の実行を横断的に分析した。この結果、個人責任論が責任の個別化を指向しながらも、一方で集団責任の論理に傾斜する側面があることを解明した。 第二は、個人への直接的な法適用が、国内法体系において潜在的に引き起こす可能性がある問題に着目し、その調整メカニズムを検討した(調整過程論)。具体的には、(1)国内法上・国際法上の責任免除原則との関係(外交免除・主権免除、国家元首の責任免除)、(2)国際刑事裁判所の手続命令・安保理などの措置要求などの国内法上の実施(憲法体制との整合性、適正手続などの国内手続法上の要請との整合性)、(3)国内人権・国際人権基準との関係(個人責任追及過程に関する人権基準適合性判断の可否、適合性判断を行うためのメカニズム)に関する分析・検討を行った。ここでは、国内法制度における調整が十分に機能せず、調整過程そのものに国際的なメカニズムが導入される傾向にあることを明らかにした。
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