オーストラリアでは、患者が利用することのできる医学情報は、情報学の一領域として、患者による情報へのアクセス可能性・利便性(使いやすさ)・内容の信用性などが論じられており、医学生向けのテキストも作成されている。これは、患者を医療主体として理解し、治療における主体性を持たせることに主眼が置かれたものとなっている。これに対し、国際的には国際人権規約に基づく“健康への権利(right to health)"が認められるべきことは1990年代から主張されてきており、オーストラリアにおいても、人間として必要不可欠な権利として、プライマリ・ヘルス・ケアを始めとする保健と医療が保障されるべきことが21世紀に入って明確に自覚されるようになっていった。ビクトリア州では、2006年に人権憲章(Charter of Human rights and Responsibilities Act)が制定され、医療においても人権としての視点を持ち、保障しなければならないという視点から施策を現実的に考えていくことが必要だという議論が行われるようになってきている。 第一次診療(General Practice)と専門診療を分業化することにより、第一次診療が過重医療へのゴール・キーパーとしての役割を果たし、専門診療が高度あるいは緊急な医療に特化され、医療費抑制と医療保障の充実が実現されるが、医療保障の程度は国の医療政策によって決定される。オーストラリアにおいても、医療費抑制政策によって、私保険に加入している国民と公的医療しか受けることができない国民の間で医療格差が生じており、“健康への権利"の観点からは問題が指摘されている。それはまた、人権法によって健康への権利実現の理念的な後押しをしていこうとしている動きの裏腹でもある。ビクトリア州人権法は施行されて間もないが、医療政策への影響は数年の間には明らかになるものと思われる。本研究では、三年次の研究として、人権法と医療政策・医療法の関係を明らかにし、健康への権利と患者主体の医療保障における医学情報のあり方を構想する。
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