今年度は、本研究テーマの研究成果を、「ワルラスとイスナール-経済学史における連続と断絶」という論文にまとめ、『滋賀大学研究年報』に投稿した。またその英語版Walras and Isnard : Continuity and Discontinuity of the History of Economic Thoughtを、ローザンヌ大学ワルラス=パレート研究所の招待セミナーで発表した。内容は次の通りである。 A.N.イスナールの主著『富論』(1781)は、商品の交換価値を連立方程式によって数学的に表現したことによって、後世の研究者たちに注目され、ワルラス一般均衡理論の先駆者とみなされるようになった。たしかに『富論』には、ワルラスの『純粋経済学要論』の内容を彷彿とさせる部分が少なくない。そのことによって両者の理論的連続性を強調することも可能である。しかしワルラスがその理論形成過程において、実際にイスナールから影響を受けた形跡は発見できなかった。さらに政策的な視点にたつと、両者の断絶はより明らかになった。イスナールが、フランス革命前夜の危機的な状況の中で、フィジオクラートの経済学とそれが主張する税制度(土地単一税)を覆して、代替的な理論を示すことを意図していたのに対して、ワルラスは、フィジオクラートの土地単一税を絶賛し、自らの社会経済学における土地国有化論との共通点を見出していた。このような両者の経済理論における連続と、社会観や政策的意図における断絶を明らかにすることによって、ワルラス経済学の思想的意義はより明確になり、一般均衡理論の思想的起源に知らざる一側面を示すことができた。
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