新古典派経済学は、人間は常に最適化行動をとると仮定し、制度の経済学は人間は慣習に基いた行動をとると仮定する。このことは、新古典派経済学における人間が、自分だけで情報を集め、自分だけで制約を認識し、自分だけで意思決定を行うような「自律的」=「自立的」存在であるのに対して、制度の経済学における人間が、他者の情報収集や他者の問題解決行動に依存して意思決定を行うような非「自律的」=「自立的」存在であることを意味している。 新古典派経済学が、「社会」の存在をあらかじめ前提する必要がなく「個人」の性質の存在のみを前提すればよい理由は、まさにここにある。あるいは新古典派経済学が、「個人」の意思決定の集合体が「社会」を形成するという「個人」→「社会」という因果関係だけにその分析を限定し、逆に「社会」が「個人」の意思決定に影響を与えるという「社会」→「個人」の因果関係を無視することができる理由、逆に制度の経済学が逆の因果関係を分析しなければならない理由はここにあるのである。
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