研究概要 |
平成21年度においては,ロシア革命直後の社会主義をめぐる理論状況の検討を通じて,ドイツの経済学者L.ポーレが1919年に刊行した『社会主義と資本主義』を発掘し,次の点を明らかにした。(1)比較経済体制論の歴史において,同書は社会主義の理念の理解や資本主義の立体的把握(とくに企業家の役割の考察)の点で,同時代のミーゼスやブルツクスの貢献とは区別される,独自のすぐれた価値を有する。(2)ポーレによる議論は,シェフレやブルツクスと同様に,ルロワ-ボーリューやミーゼスなど市場の自由を絶対視する立場ではなく,資本主義の内部での改革について積極的な立場からの社会主義批判の系譜に属する。(3)社会主義の根本的思想が,個人の生存を個人の自己責任とするのではなく社会的に保証することにあり,生産手段や労働に対する国家の支配・統制はそのための手段という性格をもつというポーレの理解は,思想としての社会主義を歴史的にとらえるうえでも,重要な視点を提示している。これらの評価をふまえて,さらに次の点を指摘した。(1)生存の保証と生産手段の国家管理との結びつきの間には,マルクス主義が主張し,シェフレもそう考えたような論理的な必然性は存在しない(資本主義の枠組みの内部でもそれは可能である),(2)現実の社会主義では,革命後に生じた激烈な政治闘争の論理により,生存の権利が搾取者の生存権の否定に反転してしまい,生存権の思想はかえって後退した,(3)そのうえに,ソヴェト経済の確立過程を通じて,生産手段の国家管理がしだいにそれ自体として社会主義と同一視されるようになった,(4)生存の社会的保証という原点に立ち帰り,生存により豊富な内容を与えることによって,社会主義の理念における価値あるものを現代的に再生できる可能である。これらは,社会主義をめぐる従来の議論に,歴史と理論の両面で新たな研究課題を提起する意義をもつ成果であると考える。
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