研究概要 |
2010年度においては,本研究課題の総括として,社会主義思想の史的展開を,実証的認識,規範理論,運動・闘争の三つの側面から考察し,(1)初期社会主義思想が,生存の権利という二つの規範を追求するものであったこと,(2)マルクスが社会主義を理想ではなく歴史的必然に置き換える理論的転換を遂行し,それに基づいて,生産力発展の促進および階級闘争の勝利をメタ規範化したこと,(3)レーニンがマルクス主義を,前衛主義徹底した反規範主義,反帝国主義の世界革命論という三つの面で独自に発展させたこと,(4)世界革命の挫折により,ロシア革命以降の社会主義国は,国内での急速な生産力発展の実現に革命の歴史的正当性を求めたこと,(5)労働義務規範の追求は市場・資本主義の否定と結びついて否定的な帰結をもたらしてきたが,発達や成長の権利をも包含する規範としての生存権の追求は,まだその歴史的な役割と可能性を失っていないこと,を明らかにした。これらについて,経済論学会大会の共通論題として報告し,その内容を論文「社会主義の過去と未来」として公刊した。また,論文「ソ連社会主義の経験と教訓」において,ソ連社会の否定的特質の多くが,生産手段の私的所有の破壊(およびその背後にある労働義務規範の一面的な追求)にあること,現代社会の変革を志向する勢力の中に,こうした破壊に結びつく古い型の資本主義批判・利潤批判が残存していることを指摘した。さらに,論文「置塩経済学の思想と方法」において,マルクス経済学と社会主義思想の創造的遺産の一つである置塩信雄の経済理論の検討を行い,その客観主義的分析手法と独自の社会主義構想の意義と限界を論じた。以上の研究は,従来の社会主義論における規範的見地の暗黙化をたんに指摘するだけでなく,その原因と実践的帰結を,20世紀社会主義体制の歴史的文脈に即して解明しようとするものである点で,独自の意義を有していると考える
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