研究概要 |
本年度の研究によって解明された要点は以下のとおりである。 1.スミス自身の科学方法論は力学的であるだけでなく,基本的には生物学的である。 2.初期論文とされてきた「外部感覚について」は,その後半部分は,内容的にみても,1767年以降『国富論』出版にいたる時期の執筆である可能性が強い。 3.生物学との関係で言えば,「外部感覚について」でのスミスの議論は人間における経験的知識の持つ役割だけでなく,本能の決定的重要性を指摘した点で,ヒュームを超えていると理解すべきである。 4.人間の本能を「自己保存」と「互恵的利他心」との統一として捉えるスミス独自の理解は,最初期の「エディンバラリヴュー読者への手紙」以降,『道徳感情の理論』第6版にいたるまで,一貫しており,そのことは,少なくともスミスの人間本姓解釈が人間を「社会的動物」の一種として捉えた上で,なお人間だけが「言語」を持つという当時としては卓越した生物学的な人間理解に到達していたことを示している。 5.以上の点から判断する限り,スミスは明確に生物学的方法に依拠していたといってよく,『国富論』執筆時期に植物学の研究をしたけれどあまり成功しなかったという回想は,あくまでも具体的な分析と関連付けながら,割り引いて解釈する必要がある。
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