アダム・スミスの経済社会思想体系の形成史的特徴を、その方法論にさかのぼって探り、生物学的認識、とくに「本能」概念に注目し、初期論文から『道徳感情の理論』及び『諸国民の富』にいたる概念内容を再検討した。 主要な成果および現在纏めつつある成果は、主として以下の三点である。 1.現在『道徳感情の理論』の翻訳を進めつつあるが、その過程で、1774年の第4版で、スミスがnatureの一部をNatureに、deityは残らずDeityに変更しているのに気付いた。これは、スミスの宗教観を知る手がかりになるだけでなく、スミスの「自然」認識を知る手がかりにもなる。スミスを当時の自然神学の伝統のなかで解釈してきた従来の伝統は、再検討する必要がある。 2.スミスの「労働価値」説は、リカードウやマルクスと異なって、主観的側面つまり「支配しうる労働の量」と「犠牲にした労働の量」の主観的把握と、小麦1クオータが養いうる労働量という意味でのエネルギー的な物理学的客観的側面とから成り立つ。このエネルギーレベルで見た「労働の価値」が、人間を生物学的につまり「再生可能なエネルギー」として捉える観点を導いたのである。 3.その意味で、スミスの「自由」主義は、基本的に「生物学的な生命観」の上に展開されており、いわゆる19世紀末に欧米で展開されたNew Liberalismの主張を、なかば先取りした側面がある。
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