本研究は、個人・企業・政府の望ましい社会保障負担配分のあり方について理論的・実証的な考察を行うことを目的とするものである。平成20年度の主要な研究成果としては、次の3点が挙げられる。第1に、公的年金の選択を、年金の収益率をめぐる不確実性を年頭に置いて一種のボートフォリオ選択の問題と解釈して理論的に検討した。この分析によれば、賦課方式の年金の収益率である賃金所得増加率が、積立方式の年金の収益率である利子率を下回った場合でも、賦課方式の公的年金を導入したほうが望ましい場合がある。第2に、子供の「質・量」モデルに基づき、出生率の変化を分析した。育児サービスが利用できない場合、所得の上昇は出生率を引き下げるが、子供の教育水準は高まる。一方、育児サービスが利用できる場合は、所得の上昇は出生率を引き上げる。しかし、育児サービスが利用できる場合は、子どもを育てるための機会費用が低く抑えられ、子どもを増やすよりも子どもへの教育投資を増やそうとする代替が緩和されるため、子どもへの教育投資が減り、長期的には内生的成長が発生しなくなる。第3に、介護保険の存在により個人の効用を増加させるかどうか、そして介護保険制度の持続可能性を、出生率を内生化した動学的一般均衡モデルで分析した。介護保険制度が存在しない場合は、将来の介護リスクに備えて予備的貯蓄が存在するが、介護保険制度が存在する場合は予備的貯蓄動機がなくなるため、若年期においてより多くの育児支出を賄えるために、より多く子どもを持つ。したがって1人当たり所得は、介護保険制度が存在しない場合の方がより大きくなる。しかし、介護保険制度の存在が介護リスクを除去することによる効用への正の影響が大きいために、介護保険制度が存在する方が1人当たり効用が高くなる。以上の3つの分析結果は、社会保障負担のあり方に対してそれぞれ重要な政策的含意を持つ。
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