本研究課題の目的は、合併・買収がさまざまな利害関係者、特に従業員の利害に与える影響を実証的に分析することである。たとえば、ある企業が他の企業を買収する際に、買収される企業の従業員の削減や賃金の減少を伴うと考えられることが多い。敵対的買収は従業員の利害を阻害する可能性があるから、規制すべきである、という議論もなされる。このような問題意識から、本年は、過去の理論的・実証的な研究の文献研究を行い、いくつかの事例に関する調査を行った。平行して、企業の財務データの整備をも行っている。合併・買収が株価に与える影響の分析は非常に多い一方で、従業員の処遇に与える影響に関する分析は非常に少ない。理論的には、従業員から富を移転することを目的とする敵対的買収もありうる。将来の昇給などの暗黙の約束を破棄し、賃金を削減したり、従業員を解雇したりすることによって、企業の利益は短期的に向上する可能性がある。通常の場合であれば、従業員と経営者の間には信頼があるために、経営者は暗黙の契約を破棄することができない。しかしながら、敵対的な買収によって経営者が交代した場合、新しい経営者はこういった古い暗黙の契約を遵守するインセンティブを持たない。よって、賃金の削減や解雇によって短期的な利潤を向上させようとする。欧米の数少ない実証研究によると、そのような買収が行われているという証拠は乏しい。すなわち、従業員の処遇が厚い企業が特に敵対的買収を受けているという証拠はない。ただし、敵対的・友好的を問わず、買収・合併後に従業員数が削減されることは多くの国で観察される。いくつかの日本企業の合併事例を検討したところ、多くのケースで雇用が削減されていることが確認された。ただし、これらの雇用減少は整理解雇によるものではなく、新規採用削減による自然減や早期希望退職の募集を通じて達成したものである。
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