多くの従業員は、自分が勤務する会社が合併・買収の対象になることを否定的に捉えている。合併・買収に際して従業員がこういった不安を持つことは自然であろう。そこで、本研究では企業の合併・買収が従業員の雇用・賃金に与える影響に着目して分析を行った。 従業員からの富の収奪を求めて投資家が企業を買収する可能性がある、ということはShleifer and Summers(1988)によってBreach of Trust仮説として指摘された。この仮説によると、買収者は、被買収企業における従業員と企業の暗黙の契約を破棄することによって従業員から富を移転させる。合併や買収を機に、新たな経営者が、従業員の将来の昇給などの暗黙の約束を破棄し、賃金を削減したり、従業員を解雇したりすることによって、企業の利益は短期的に向上させる可能性がある。 このような現象が観察されるかどうかを上場企業のデータを用いて実証的に分析した。1990年から2003年までの上場企業の111件の合併に着目した。典型的には合併後、小用は減少し、賃金は上昇している。さまざまな変数をコントロールした上で、合併後3年目までに雇用は4.45%減少している。また、従業員の一人当たり賃金は3年後までに5.46%増加している。また、合併の目的、合併前の業績などによって従業員数に与える影響が異なっているということが指摘できる。特に、関連合併および救済合併では雇用の減少が大きい。これは関連合併では余剰の工場や重複する支店を削減することによる合併効果を得やすいという考え方と整合的である。以上のような事実をどの様に解釈するかは、必ずしも容易ではない。しかし、処遇面から見た場合、賃金が上昇することを考えてみても、会社に残った従業員にとって経営統合は必ずしも悪いニュースではないといえる。
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