市場の自由と社会的公正とのバランスをどうとるのか、というテーマを考えるための一つの材料の提供を目指して、本研究は、「社会的安全と経済的自由の結合」と定義されるドイツ社会的市場経済の実態、具体的には、その「結合」が比較的バランス良く実現された時期とされる1950年代の、とくに56年閉店時間法の制定過程を分析してきた。 ドイツにおける閉店規制は、1900年営業法による平日開店時間規制が法的な起源となるが、当時は小売業従業員の労働時間保護が目的であった。これに対して、1950年代において制定が目指された閉店時間法関連議論を追ってみると、もちろん従業員保護は重要な制定理由の一つとして主張された。だが、当時はすでに労働協約による労働時間短縮や週休2日労働制が進展しつつある状況にあり、閉店法がそれに寄与する部分は現実的には大きくはなかった。そのなかで制定理由として強調されたのが、競争中立性という観点であり、すべての政党の法提案者にとって、中心的な論拠となった。これは、小企業と大企業の平等な競争条件を作り上げるという秩序政策的な考えから出されたもので、市場が十全に機能するための秩序を作り上げるという社会的市場経済の政策目標とも関連性を持つものであった。自由で束縛を受けていない経済が社会的に最善の結果となるのではなく、共通の秩序のもとで初めて、消費にとって有利か不利か、小売業の労働にとって有利か不利かを決定できるというのである。社会的市場経済の理論を提供したオルド自由主義の指導的論者の一人ベームも、閉店法は国家による合理的な秩序の設定とみなし、また1961年の連邦憲法裁判所の判断でも、閉店法は「競争中立性を確保する秩序政策的な機能を果たす」がゆえに合法であるとされた。このように、閉店時間法は、単に労働者保護という観点のみならず、社会的市場経済における最適な市場秩序の実現という意味からも、制定された法律であった。
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