本年度は、明治期から大正初期にかけての工業化開始期を主な対象にして、技術系人材の人的資源形成と学校教育、人事管理との関係の解明に取り組んだ。そのために、まず以下の四つの史料調査を行った。すなわち、1、九州国際大学がCD-ROMで保管している官営八幡製鉄所の古文書史料の収集と分析。2、防衛省防衛研究所が保管する海軍文官の任用記録のデータ打ち込み。3、三井文庫所蔵の芝浦製作所史料の収集と分析。4、三菱史料館が保管する三菱造船の社内史料の収集と分析、である。これらの史料から技術系人材のキャリアデータベースを作成し、各種の学校卒業者名簿と突き合わせて彼らの教育資格を可能な限り明らかにし、教育資格別の職務内容や能力開発、企業内での処遇、キャリア展開の差異を究明した。また、これら四つの経営体の経営史や技術史、人事管理史に関連する文献・史料を幅広く収集して読み込み、芝浦製作所の技術者に関するインタビュー調査も行った。そうした作業の結果、造船業・電気機械産業と製鉄業の間で、技術の性格の違いが原因となって、技術開発の課題解決の手法やその担い手にかなりの差が生じており、それが反映して教育資格と人事制度との結合関係にも無視し難い差異が生じていたことが明らかになった。この結果は、戦前期の人事制度の基本的な特徴として理解されている「学歴身分制度」の実態が、通念とはかなり異なるものであったことを意味している。その内容は、来年度刊行予定の経営史学会編『日本経営史講座第二巻』に「人事制度-人的資源の形成と身分制度」と題する論文として収録される予定である。今後は、戦間期の「学歴身分制度」の変容と、戦後改革期の「身分制度撤廃」後の人事制度の解明に取り組む計画である。
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