研究概要 |
産業革命期から昭和戦前期を対象に、海軍工廠を含む造船業・鉄鋼業・電機工業の主要企業の技術系職員のキャリアデータを収集・分析し、人事管理制度の発展と関連させて考察した。その結果、以下の知見が得られた。 重工業の発展には,欧米からの技術導入を担う人材と,導入された技術を理解し,職工を指揮して製品を作り上げる現場の知識・熟練と学理的知識を併せ持つ人材という二種類の人材が必要であった。前者の人材は,教育システムが整備されるのに伴い主に高等教育の卒業生で充たされるようになった。後者の人材は,企業内教育により「学理の分かる職工」を育成し,彼らを職長として活用することで満たす道も追求された。しかし,職工身分が低位の教育資格保有者の所属すべき下級の身分として社会的に位置づけられたために,「学理」を身につけた人材は職工身分に甘んじることに同意せず,職員身分への上昇を希求した。こうした社会環境の規制力を受けて,企業は,採用管理における学校と企業との接合関係が形成される中でも,下位の教育資格しか保有しない職工身分の者に企業内で教育訓練を施し,技手から技師にまで登用されるルートを開設し,彼らの能力の活用を図る取り組みを行った。その結果彼らの職務能力の開発の成果が企業内身分の上昇により報われるというインセンティブ・システムが形成されたと考えることができる。この知見は、戦前期の日本企業の人事管理の特徴を「学歴身分制度」の確立と存続に求めてきた通念に再考を迫るものである。
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