本研究は、ある次元で優る対象は、別の次元では劣るものであるとする暗黙の信念(相補的世界観もしくは相補的ステレオタイプ)が、社会的格差や不平等を生み出す社会システムの維持と強化に結びつくとするシステム正当化理論に基づく主張の妥当性を日本的学歴階層社会において検証し、格差是正への動機づけを高める方途を探ることを目的としている。 平成21年度は、まず、なぜ相補的ステレオタイプや相補的世界観がシステム正当化を導くのかを大学生を対象にシナリオ実験を実施し検討した。その結果、相補的事例(能力と人柄の善し悪しが相補的関係にある事例)への接触が、平等幻想(成功者と失敗者の幸福度は同じであるという認知)を生成し、それがシステム正当化につながることが明らかになった。 加えて、相補的ステレオタイプが学歴階層社会において自分たちより相対的に不利な立場にある集団に対して地位関連次元(能力特性)での評価を低減し、その裏返しとして地位無関連次元(対人的特性)での評価を上昇させることで、平等幻想を維持し、同時に、自らの社会的アイデンティティを高揚させることに寄与する可能性が示された。 また、社会人を対象に質問紙調査を実施し、相補的世界観は、学歴、性別、年齢にかかわりなく、現行の日本社会全体を肯定する態度を促進することが確認された。さらに、相補的世界観は学歴格差自体の認識を抑制することが明らかになった。ただ、学歴主義の是非をめぐる評価では、回答者の学歴の高低により違いがあり、低学歴者では相補的世界観との関連は認められず、高学歴者では、相補的世界観の否定が学歴主義の肯定に結びつく可能性が示唆された。現行システム下で有利な位置にある者は、相補的世界観より公正的世界観(勝者を正当化する)に基づいて現状を肯定すると考えられる。相補的世界観がどのような場合にシステム正当化に寄与するのか、その境界条件を明らかにする必要性が示唆された。
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