本年度は研究計画の最終年次にあたり、得られた知見の統合と考察、ならびにモデルを基盤としたリスクコミュニケーションのあり方の検討を目的とした。年度当初に設定された達成課題は以下の4点であった。1)前年度に引き続き、原子力発電施設と遺伝子組換食品をリスク対象とした「感情と公正のヒューリスティックモデル」の分析を進め、潜在構造分析等の多変量解析をもちいて、これらのスティグマ化されたリスク対象に対する一般市民の心理過程の検証を行う。2)将来的なモデルの一般化可能性を検討するため、日常生活における複数の対象に対するリスク知覚を調べ、それらの中における原子力リスクおよびGMOリスクの位置づけを明らかにする。3)検証されたモデルに基づき、スティグマ化されたリスクに関するリスクコミュニケーションのあり方を検討・考察する。4)以上の点をまとめ、成果報告を作成する。このうち1)から3)の課題は順調に達成されたが、4)の遂行中、研究内容に大きく関わる想定外の事態が発生した。東京電力福島第一原子力発電所におけるレベル7の事故、およびそれに伴う深刻な原子力災害である。本研究で検討してきた心理モデルでは、特に原子力リスク知覚において、過去の事件・事故の記憶による利用可能性ヒューリスティックの使用が、対象に対する感情反応や管理者に対する公正感を規定している重要な要因であることが明らかにされている。しかしながら今回の原子力災害によって、現時点では安全とされている他の原子力発電施設に対する一般市民のリスク知覚、さらにはそれを生じさせる心理過程に大きな変化が予想される。そのため本研究では急遽、新たな課題として5)原子力災害進行中の追加データの収集と分析を設定し、3月末に調査を実施した。この課題は現在も遂行中であり、原子力災害以前の知見と合わせて公開・報告する予定である。
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