本研究は、飲食物の摂取に重要な味覚嗜好性がどのような神経回路の働きで生じるのかを明らかにするために、味覚情報が脳内報酬系にアクセスする過程を検索することを目的としている。本年度は行動薬理学的実験および免疫組織化学的実験により次の成果を得た。 1.脳内報酬系の枢軸である側坐核は、飲食物摂取行動にも重要な役割を果たしている。ラットの側坐核に脳内大麻様物質(カンナビノイド)であるアナンダマイドを微量注入したところ、本来嗜好性の高い甘味溶液に限ってその摂取量が増加することが確認された。従来から麻薬様物質(オピオイド)注入でも高嗜好性の飲食物摂取が増加することが報告されているので、側坐核ではカンナビノイドとオピオイドの相互作用が生じていることが示唆された。 2.側坐核からの出力を受ける腹側淡蒼球も嗜好性味刺激の摂取に深く関わっている。味刺激摂取後に内臓不快感を経験させて味覚嫌悪学習を獲得したラットの腹側淡蒼球にγ-アミノ酪酸(GABA)を微量注入すると、学習した味覚嫌悪が一時的に解消されることがわかった。この結果は、腹側淡蒼球におけるGABA伝達が飲食物に対する嗜好や嫌悪の変化に関与することを示す。 3.側坐核や腹側淡蒼球などの脳内報酬系への味覚情報の入力源を探るために、扁桃体の異なる2つの領域にグルタミン酸アゴニストやオピオイドアゴニストを微量注入し、神経活動の活性化により生じるc-fos遺伝子発現のパターンをしらべた。扁桃体中心核にグルタミン酸アゴニストのAMPAを注入した場合に、他の条件に比べて側坐核shell部においてFosタンパク質の発現が多かったことから、扁桃体中心核に投射した味覚情報が側坐核にグルタミン酸作動性入力として送られる可能性が示唆された。
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