研究概要 |
妊娠や出産,授乳中の劇的なホルモン変化は,メス親自身の中枢神経系に長期的・構造的変化を引き起こし,学習能力の向上や情動性の安定をもたらす。一方,多くの内分泌かく乱物質は,エストロゲン様作用を通じて中枢神経系の機能と構造に影響を及ぼし,行動を変化させると考えられている。したがって,周産期における内分泌かく乱物質への曝露は,メス親の行動に対して重篤な影響を及ぼす可能性がある。我々はこれまでに,合成エストロゲンであるdiethylstilbestrol (DES)の妊娠期曝露が出産後のメス親の情動行動に影響を及ぼすことを確認した。そこで22年度は,情動性と関連の深い受動的回避学習課題を用い,メスマウスにおける妊娠期DES曝露が嫌悪性の学習に及ぼす影響を検討した。Sea:ICR系の妊娠マウスに対し,妊娠11-17日目に1日当りDES 0.1μg, (DES0.1群:n=14),1.0μg(DES1群:n=12)あるいは溶媒のcorn oil 30μl(OIL群:n=13)を経口投与した。仔の離乳11日後に,被験体を受動的回避装置の出発箱に投入し,被験体が電撃箱側に移動するまでの潜時を測定した。移動後,被験体に電撃(0.3mA)を1秒間与え,電撃箱から取り出した。約24時間後,訓練時と同じ手続きで,被験体が電撃箱側に移動するまでの潜時を測定した。被験体が電撃箱側に移動しない場合は,600秒でテストを打ち切り,この値を潜時として用いた。また,テスト時には電撃箱への覗き込み行動の生起回数も記録した。結果として,高用量のDESを投与されたDES1群で,テスト試行時進入潜時が短縮する傾向が認められたものの,この差は統計的に有意ではなかった。そこで,テスト時進入潜時が30秒以上かつ覗き込み行動が4回以上生起することを学習基準とし,これを満たした被験体(DES0.1群:n=5, DES1群:n=4, OIL群:n=4)のみを比較したところ,DES1群のテスト時進入潜時がOIL群よりも短いことが示された。したがって,妊娠期DES曝露は,回避学習の成立そのものには影響を及ぼさないが,その記憶保持を減弱させると考えられる。
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