近年、妊娠や出産、授乳中の劇的なホルモン変化は、周生仔期のホルモンと同様に、雌親の中枢神経系に長期的な構造的変化を引き起こし、学習能力の向上や情動性の安定をもたらすことが明らかとなってきている。したがって、妊娠・養育期間中の内分泌かく乱物質への曝露は、養育行動のみならず、長期的・多面的に雌親の行動に対して影響を及ぼしている可能性がある。そこで本研究は、妊娠・養育期間中の雌親への内分泌かく乱物質への曝露が、雌親自身の情動性、社会性に与える影響を明らかとし、さらにその作用機序を探ることを目的とした。 具体的には、妊娠・授乳期のメスマウスに、エストロゲン作用を持つ内分泌かく乱物質であるdiethylstilbestrol(DES)を経口投与し、養育行動を観察するとともに、出産・離乳後の雌親の情動性(高架式十字迷路テスト、明暗箱移動テスト、open-fieldテストなど)、社会行動(性的におい選好テスト、性行動テスト、攻撃行動テストなど)、学習(遅延非見本合わせテスト、空間記憶テスト)の諸側面を検討し、適応的な母性行動発現に対して、妊娠・授乳期の内分泌かく乱が及ぼす効果を確定する。また、このような行動的変化をもたらした神経内分泌的基盤についても検討する。 近年、内分泌かく乱物質は子どもの社会性や情動性の問題と関連して取り上げられることが多くなっている。一方、親の側では、近年「虐待」や「育児放棄」が大きな問題として取り上げられている。適応的な母性行動の発現には妊娠・養育期中の内分泌が重要な役割を果たすので、これらの親の側の問題についても内分泌かく乱物質との関連が見いだされる可能性がある。もちろん、「虐待」や「育児放棄」は社会的要因や個人の成育史などが主たる要因であり、それが神経内分泌機構だけで説明できるとは全く考えられないが、特定の神経内分泌機構が、この問題を生起しやすくなるような背景的要因を構成している可能性は充分ある。本研究によって得られた知見は、この背景的要因を排除し、問題発生を低減させることに寄与するものと期待できる。
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