本年度は、主として次の4つの作業に従事した。(1)研究対象である米国の人格教育の背景をなすと考えられる政治・社会状況に関する理解を深めるために、リベラリズム理論を軸に、政治学・社会学理論を参照すること。(2)分析視角の精緻化のために、米国における批判的教育研究の理論的成果と課題を、文献研究に基づいて明らかにすること。(3)米国における人格教育に関する論争の要点を雑誌論文に基づいて整理すること。(4)米国のカリフォルニア州やウィスコンシン州における一般の小学校やミドルスクールでの実態を調査した。 このうち、19年度に論文として成果を発表できたのは、(2)に関する研究のみである。そこでは、批判的教育研究の文脈において人格教育の動向をいち早く批判したヘンリー・ジルーの教育論を取り上げ、その批判性の意義と限界を明確化することに努めた。また、同国における批判的教育研究の代表的論客のもう一人マイケル・アップルの著作(邦訳)に関する比較的詳細な書評の中で、ジルーとは異なる批判的視点の可能性について若干の考察を加えた。 人格教育がNCLB法の中で推進されている現状を、ネオコンサーヴァティズムとネオリベラリズムの結合関係として分析する作業や、人格教育と呼ばける道徳教育の教育現場における実践動向に関するより具体的な分析、及び多様な価値観の共存に向けたりベラルな道徳教育の可能性に関する考察に関しては、次年度の学会発表や報告書の中で進める予定である。 これらによって、米国における道徳教育の政治社会学的文脈とともに、成熟社会(ポストモダン社会)におけるより現実的・実効的な道徳教育カリキュラムの可能性を明らかにしたい。
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