昭和26年版小学校社会科学習指導要領の編集に携わった上田薫、長坂端午、大野連太郎らの社会科教育論が、同学習指導要領にどのように反映されたのか。そして、連合国軍総司令部民間情報教育局(GHQ/CIE)教育課の担当係官であったユーアーズ(R.R.Ewerz)の教育観が同学習指導要領にどのように反映されたのか。昭和26年版小学校社会科学習指導要領の分析的検討は数多くなされてきているが、編集過程とカリキュラム構造の分析的検討を踏まえた特質と性格の抽出は未開拓の分野である。 研究期間の最終年度に当たる平成22年度は、昭和26年版小学校社会科学習指導要領の編集過程を解明すべく、アメリカ国立公文書館新館を訪問して資料調査を行った。そして、これまでの調査で浮かび上がってきた「中間報告」の存在に着目し、同指導要領の「第3章社会科の学習内容」が1950年8月15日に「中間報告」として先に発表されていたこと、それにともなって「第3章」に示された各学年の理解目標を基軸として、それとは矛盾しないように、同指導要領の他の章が執筆されたことを明らかにした。 CIE教育課の会議記録などを手がかりに編集過程を詳らかにすることによって解明されたことは、昭和26年版小学校社会科学習指導要領の性格が、通説とされてきた"動的相対主義を理念とした問題解決学習"ではなく、"概念探究としての問題解決学習"であったということである。本研究では、各学年の理解目標と単元構成の関係というカリキュラム構造の解明を通して、同指導要領の歴史的評価を刷新することができた。
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