本研究は、聴覚障害児の音韻意識に関し、まず何によって彼らの音韻意識が形成されているのかを検討するために3つの実験を行った。それらの結果は、いずれも聴覚障害児の音韻意識が、文字という視覚的イメージや指文字という筋運動感覚と視覚情報を伴う手段を手がかりとして音韻分析を行っていることを示唆するものであった。健聴児は、音韻意識を母語による聴知覚の利用を通じて、音のイメージを形成し、音韻意識を発達させていると考えられるが、聴覚を利用した音声受容に困難が伴う聴覚障害児は、音のイメージに加え視覚的記号や運動感覚など、諸感覚を利用することにより、健聴児とは、異なった表象を利用して音韻分析技能を発達させているものと思われる。斎藤(1978)は、音韻分析能力の発達に関連する語音の知覚を感覚=聴覚的水準と表象水準に分けた場合、聴覚障害児は前者の障害を何らかの手がかり利用により後者を形成しているのではないかと述べており、本研究においては、その手がかりとは、視覚情報や運動感覚であることが推察された。 では、このようにして形成された表象は、健聴児の音韻意識と同じような働きを読み書きにおいて担うのであろうか。このことを検討するために、読書力診断検査を用いて、音節分解のパターンの関係を検討した。その結果、聴覚障害児に特徴的に見られる文字-拍型の読みの成績は、健聴児の典型である音一拍型と変わらず、音韻分解方法が一定しない混乱型のみが、読みの成績に課題を示すことがわかった。これは、視覚的なイメージによる表象が、聴知覚を利用して発達した音韻意識と読みの能力においては、類似した働きをすることを示し、読みの能力の発達に肯定的に関与することを示すものである。 以上のことから、聴覚障害児の音韻意識は、発達の過程や表象の形式において健聴児と異なる面が観察されるが、読みの発達に与える関連性は、類似していることが明らかとなった。
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