研究概要 |
歴史的に数理生態学の数理モデルとしては,微分方程式を用いた連続時間モデルが主流であるが,差分方程式をもちいた離散時間モデルでは,数理モデリングにおいて,実際の生態現象における事象の時系列(生活史,捕食や寄生の時期など)を陽に組み込める利点がある一方,離散時間モデルの解の特性の解析には,数学的な困難も多い。しかし,本研究で開発された手法により,連続時間モデルと離散時間モデルの間の関連性についての数理的な議論が可能であり,その結果,特に,離散時間モデルの新しい一つの構成手順についての提案が得られた。本年度は,さらに,その手順を応用し,農業における「誘導多発生(resurgence)」現象(害虫防除に農薬を使用した結果,逆説的に害虫密度が増大する現象)に関する新しい離散時間モデルを構成し,解析した。誘導多発生現象は,農薬による派生現象としての天敵減少や害虫の生理的変性,あるいは,薬剤耐性の顕在化を原因として議論されてきたが,本研究の理論的結果として,その害虫が属する生態系に内在する種間関係のみで誘導多発生現象が生起しうることが示され,観測されてきた誘導多発生にもこの生態学的要因によって生起したものも少なくないのではないかという示唆が得られた。成果は関連する研究集会で発表しつつ,論文としても発表した。一方,個体群動態における観測データが例外なく離散的な時系列として得られるという観点から,昨今,数理モデル研究が盛んに議論されるようになっている感染症の伝染ダイナミクスについても,離散時間モデルの構築に関する課題は多様である。本研究の延長として,やはり,従来,非線形常微分方程式系による連続時間モデルを用いて議論されてきた伝染病ダイナミクスモデルに関しても,離散時間モデルのモデリング研究を開始している。
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