研究代表者の松井が初年度におこなった主な研究は、高エネルギー原子核衝突で生成されると考えられているクォークーグルーオンプラズマの終状態での時空発展に関わる問題で、高温プラズマの生成で一旦局所的に回復したカイラル対称性が再び自発的に破れ、真空のカイラル凝縮体が再成されていく非平衡過程を、QCDの有効理論によって記述し、ハドロンガスの運動量分布が凍結するまでの非平衡過程を記述する運動論を定式化した。学生(松尾)との共同研究で、凝縮体の従う非線形クライン・ゴルドン方程式に「熱的」に励起した中間子が従うブラソフ方程式が連立した運動論的方程式が導かれ、それによって熱平衡近傍での南部・ゴールドストーンモードや集団運動モードの分散関係を導出した。この研究の成果の一部を論文(Quantized meson fields in and out of equilibrium.I: Kinetics of meson condensate and quasi-particle excitations)にまとめ、学術雑誌(Nuclear Physics A)に投稿した。現在、第2論文を投稿準備中である。また、松尾はこの共同研究をもとに博士論文を提出し、この3月に学位を取得した。もう一つ松井が別の学生を指導して行って研究は、「HBTパズル」と呼ばれる問題で、反応で大量に生成される粒子のなかの2同種粒子の運動量相関から、HBT強度干渉計の原理を用いて得られる、粒子源の時空構造が流体模型などで理論的に計算される形状と一致しない理由を説明することである。松井はD1の服部を指導して、粒子間の終状態相互作用が2粒子の運動量相関をどのように歪めるか、半古典近似で評価した。その結果、平均場による1粒子振幅の位相変化によって、粒子源の粒子の進行方向(outward)の広がりが変更をうけるが、それに垂直な横方向(sideward)な分布は変更されない、という興味ある結果を得た。この研究はHBT干渉計の基本原理に関わる問題で、現在密度行列の方法を用いて再定式化を行い論文投稿の準備を進めている。これらの研究は、レーザー捕獲された低温の希薄原子ガスで起こるボース・アインシュタイン凝縮(BEC)の問題とも共通した点が多く、我々の開発した理論的手法はBECの問題にも適用することを考えている。松井は今年の6月にコペンハーゲンのニールス・ボーア研究所で行われるボース・アインシュタイン凝縮とクォークーグルーオンプラズマに共通した問題に関する国際ワークショップでこれらの研究に基づいて研究発表を行う予定である。松井なこの研究会の国際諮問委員も務めている。 研究分担者の藤井の行った研究は、高エネルギー陽子原子核衝突の初期過程に関するもので、高密度のグルーオンの始状態相互作用について、カラーグラス凝縮模型とよばれる有効理論に基づいて、多重散乱や非線形効果を取り入れた時間発展のシミュレーションを行なった。この成果は板倉(KEK助教)との論文にまとめ投稿した。この描像に基づいて、RHIC、LHCという高エネルギー実験においてチャームメソンやJ/psiの生成分布に対する影響の定量的評価を現在行っている。
|