この研究の主要な目的は、ブラックホール熱力学、特にホーキング輻射やブラックホールのエントロピーなどの性質を、超弦理論や行列模型といったミクロな観点、および量子異常などのマクロな観点の双方から理解して、時空の微視的構造と巨視的構造を理解する事にある。平成21年度までの研究で、ブラックホールのホライズン近傍の振る舞いを、重力アノマリーとその拡張で普遍的に議論できることを明らかにした。平成22年度は、ブラックホール熱力学の振る舞いをより深く理解するために、熱平衡からの揺らぎに着目した。まずはブラックホール時空におけるスカラー場を考えた。古典的には、ホライズンを通過してブラックホールへと落ち込むエネルギー流は因果性により外部へ戻ってくることはない。このことはスカラー場の系に熱散逸があることを意味する。一方で量子効果を考えると、ホライズンからホーキング温度での熱輻射が存在し、スカラー場の方程式に揺らぎを引き起こす。そこで、ホライズンのごく外側における面(stretched horizon)での有効作用をホライズン近傍の場を積分することで導出し、熱散逸と揺らぎをもつスカラー場の確率微分方程式(Langevin方程式)を導出した。この確率微分方程式に、非平衡熱力学で開発された「揺らぎの定理」を適用すると、ブラックホールとスカラー場系全体のエントロピーが増大する確率と減少する確率の比を求めることができる。これからブラックホール熱力学の一般化された第二法則の新しい導出を求めることができた。これに関連し2本の論文を査読付雑誌に投稿中である。今後はこれをさらに発展させて「ホライズンの揺らぎ」に着目することで、ブラックホールのミクロな構造との関係を明らかにしていく予定。
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