本研究は、フタロシアニン分子を主な研究対象として、π電子系の電荷自由度に着目した新しい誘電物性を開拓することを目的としている。フタロシアニン系分子は分子中心に遷移金属を内包しているために、遷移金属に由来するd電子系と、環状分子部に由来するπ電子系が共存している。そのために、分子内の強固な交換相互作用によって、前者の磁性と後者の電荷自由度が強く結合している稀有な分子系物質である。平成19年度において、本研究の目標であった磁場印加による誘電率の急激な上昇を観測することに成功した。これは、局在スピンの(短距離的な)反強磁性秩序が、電子相関効果に起因するπ電子系の電荷秩序(不均一性)を安定化させていると考えられているが、磁場印加によってこの電荷秩序が融解し、この結果誘電率が上昇したものと考えられる。この高い誘電率の源となっている電荷秩序が、強磁場下でどのような応答を示すかを微視的に明らかにすることは大変興味深い。そこで平成20年度は強磁場下の測定も行えるようにするため、誘電性の源となっている電荷秩序を、岡山大の回折装置を用いて高分解能で測定することを目指した。その結果、バックグラウンドを極力低減することにより、通常のブラッグ反射より6桁程度強度が弱い散漫散乱の観測に実験室系の装置で成功した。この散漫散乱は、1次元伝導方向の格子定数に対して2倍周期の構造に起因するものであり、6K以上で散漫散乱強度の温度依存性を詳細に精査した。低温になるについれ、散漫散乱は単調かつ緩慢に増加する傾向が見られ、電荷秩序の揺らぎが高温より存在していることが示唆された。今後はさらに10テスラ級超伝導マグネットを用いて、強磁場下のX線回折の測定を進める。
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