反転対称性のない化合物は、原子の配置による構造因子が複素数となり、非磁性状態でもスピン間に磁気分裂したバンド構造をもつ。ディラックの相対論的1電子方程式を基礎にした相対論的LAPW法を拡張して、反転対称性のない結晶構造をもつ化合物の電子構造を計算できるように拡張した。 今年度において、ZnOとFeSiおよびCoSiの空間反転対称性のない化合物のバンド構造の計算を実行した。最近、この3つの化合物に対して角度分解光電子分光法の測定が行われ、バンド分散の詳細について計算結果との比較・検討が急務となった。ZnOは酸素(0)の2pのバンドと亜鉛(Zn)の伝導バンド間にギャップの開いた絶縁体である。局所密度近似の計算で得られた酸素2pの価電子バンド構造は実験で観測された角度分解光電子スペクトルの分散を説明する。計算結果のバンド幅は測定結果よりも狭いが、一定の自己エネルギー補正を考慮すると定量的に一致したバンド構造が得られることがわかった。 FeSiは近藤絶縁体に関する研究で知られている化合物である。角度積分型の光電子分光法の初期の実験において、近藤共鳴ピークと考えられる温度変化が観測され、狭いバンドと電子相関効果、モデル多体計算などで近藤半導体(絶縁体)が議論された。最近の角度分解光電子分光で、FeSiの電子構造は半導体的であり、価電子帯のバンド構造は計算結果から予測されたバンド分散をもつことが明らかになった。さらに、金属的なCoSiのバンド構造の計算結果は角度分解光電子スペクトルを非常によく説明する。つまり、近藤半導体と言われるFeSiやCoSiは「バンド描像」が成り立つ物質群であると言うことができる。
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