これまでに三核ルテニウムペンタヒドリド錯体とアルコールとの相互作用について検討し、過剰のアルコール存在下では5分子のアルコールがヒドリド錯体と弱く結合したアダクトを形成することを明らかにしてきた。本年度は異種金属ヒドリドクラスターについて検討し、アルコールの配位の平衡定数を調べることで、クラスター骨格に導入した異種遷移金属の効果について明らかにすることとした。ヒドリドクラスターとしてイリジウムを含む等電子構造のテトラヒドリド錯体(Cp^*Ru)_2(Cp^*lr)(H)_4(1)を用いたところ、三核ルテニウム錯体と同様にアルコールアダクトの形成が確認された。NMRを用いた滴定実験から三核ルテニウムの系と同様に5分子のアルコールが平衡に関与しているが、平衡定数は3桁程度小さな値を示すことを明らかにした。この結果は、Ru_2Irのクラスターの塩基性度がRu_3クラスターに比べて低いことを示すものであり、またアルコールの配位数は反応場の立体的な大きさによって支配されることを示唆する、ものであった。また、アルコール存在下におけるヒドリドクラスターの反応と非プロトン性の溶媒中での反応とを比較したところ、末端アルキン類との反応について顕著な差が観察された。非プロトン性溶媒中ではビニリデン錯体などを含む様々な中間体の生成に留まるが、トリフルオロエタノール存在下では垂直配位型アルキン錯体の生成が確認された。これはアルコール分子の配位によって中間体からの脱水素反応が速やかに進行したことを示すものであり、アルコールとの相互作用によってヒドリドクラスターの反応性を大きく変えることができることを強く示唆するものであった。
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