鉄鋼材料を高温から焼入れして炭化物形成元素を素地中に固溶させたのち、表面をアルゴンイオンでスパッタエッチングすると、炭化物が析出すると同時に先端が削られて円錐状の微細突起物(半径:数10nm〜数μm)が形成される。この突起物は、高分子膜の表面に孔をあけ反射防止や印刷特性を改善するための金型・転写ロール、触媒や担体、コールドエミッター、コーティング部品の下地処理などに利用できる可能性がある。突起物を利用するするいずれの用途においても、突起物層の耐食性や機械的性質は基本的に重要である。そこで本研究では、突起物の強度、薄膜をコーティングしたときのはく離強度を明らかにした。得られた結果は以下のとおりである。 1. 突起物の圧子押し込み試験の有限要素(FEM)解析を行う予備段階として、まず突起物をもつSUS304鋼基材の引張り変形挙動のFEM解析を行った。突起物の根元には大きな応力集中が生じるが、実際には、突起物は素地と強く結合しているため、突起物は脱落することはない。 2. 突起物基材ワイヤにAg-Ti薄膜をスパッタコーティングし、曲げ試験をすると、突起物がない場合に比べ、はく離ひずみが大幅に上昇する。薄膜表面を観察すると、変形とともに薄膜の表面に波状の深いすべり線ができる。さらに曲げを加えると表面に微細な割れが発生するが、薄膜とワイヤ基材との界面でははく離が起こらない。FEM解析結果によると、突起物の先端には応力集中が起こるので、これが薄膜の変形を波状に不均一にし、き裂を発生させるものと思われる。また、突起物のすき間にある薄膜のせん断応力は小さく、これが薄膜と基材界面のはく離を起こりにくくしている理由の一つと思われる。このワイヤを3%NaCl水溶液中に浸漬して腐食試験を行ない、突起物のあるワイヤは、突起物のないワイヤに比べて、はく離寿命が増加することを明らかにした。
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